:10.冷たい光


 わたしの、あの会社での『経歴』は、『インド人エンジニア』が来るまでの、ほんのわずかな期間に限られているのかもしれない。

 翌朝、なぜかそんな気がしました。

 来週早々インド人の開発者がやって来る、通訳としてわたしが紹介される、そして一言二言話しただけで早口のインド訛りの英語がまったく聞き取れないことが分かり茫然とするわたし、インド人は呆れ顔、その日の夕方ノザキ課長がやって来てわたしの肩をぽんと叩く……そんな想像とも夢ともつかないようなものにうなされて、朝寝のまどろみのうつつから目を覚ましました。

 憂鬱な気持ちをかかえたまま出社すると、ミヤモトさんがすでに出社されていて、駅の売店で買ったと思われるコーヒーをすすりながら、パソコンの画面に熱心に見入っていました。ミヤモトさんは、朝出社されると、まずネットのニュースサイトを見るのが日課なのでした。

 ミヤモトさんの向かいに、昨日紹介されなかった人が席にいるのが分かりました。その人も、菓子パンをかじりながらパソコンの画面に見入っていました。この人がきっと昨日課長の言っていたスズキさんというかただろうと思い、そのかたのほうをじっと見ていると、ミヤモトさんが、

「あ、そういえば、昨日はユタカいなかったんだよね」と言いました。

 すると、そのかたが、「うん」と言って、のっそりと顔を上げました。

 黒ぶちの眼鏡をかけ、がっしりとした体躯をした、いかにもパソコンに詳しそうな、いかにも仕事のできそうな、いかにも真面目そうなかたでした。

「こちら、ミスミさん。昨日からうちに来たんだよね」ミヤモトさんがわたしを紹介してくださいました。

「はじめまして。スズキ・ユタカです」

 じっとわたしを覗き込む眼鏡の奥の小さな目が、まるで機械の性能を測っているかのような、冷たい光を放っているように思え、一瞬、尻込みしそうになりましたが、そんな思いを抑えて、あわててぺこりと頭を下げ、ありきたりの自己紹介のあいさつを返しました。

 わたしの無能さを真っ先に見抜くとするなら、この人にちがいない。――そんな恐怖心を植え付けられるような眼差し。

 わたしのなかで、スズキさんが畏怖する存在となったのは、そのときからでした。