:14. 休日


 その翌日、翌々日は、土日休みでした。

 それまで接客業をしていたので、基本的に土曜、日曜に休みを取ることはなく、なんでもないのに二日続けてお休みを取ることもありませんでしたから、さいしょは不思議な気持ちがしました。いわゆるOLという職業は、やはり、身体的には楽なのかもしれない。などと考えたりしました。

 平日に休めると、人手が少ないときに行動できるという強みがありますが、世の仕組みが土日休みの多数派に合わせるようになっている為、損することが多くあることに不満をいだいていたところもあります。……なんていうと、オーバーですけれど。

 たとえば、バーゲンとか。たとえば、花火大会とか、お祭りとか、なんでもいいです、なにかのイベントごと。……わたしも女性ですから、興味がないわけではありません。そういったイベントは、たいてい、土日に開催されることが約束のようになっていますが、休みの取れないわたしは、そういったものには無縁でした。じぶんが行けるなんて思いもせず、とっくにあきらめていたことでもありました。

 それから、数少ない友人から、どこか遊びに出かけようと誘われることもありました。先ほどもお話しした、清美ちゃんという友人からは、いわゆる『合コン』というものなんかに誘われることも。もちろん、金曜日の夜か、土、日のいずれかです。こんなわたしだって、友人と遊びに出かけたい、『合コン』にだって行きたい、と思うこともあります。でも、当然ながら参加することができないわたしは、休みが合わないのだからしょうがない。わたしが、土日休みではない仕事をしているのがいけないんだ。と思って、あきらめていました。

 平日休みだと、病院に行けていいじゃない。……なんて。名古屋に帰って、名古屋嬢を相手にブランド物を売りさばいているデパート勤めのさゆりちゃんという友人が言っていました。

 彼女、さゆりちゃん、は、ちょっと疲れたな、と思うと、病院に行って、点滴を打ってもらったり、薬をもらって帰ったりするのだそうです。小さいころから病弱だったそうで、病院に行く機会の多かった彼女にとっては、病院に行って、お医者の先生に身体的な苦痛を訴えることで、安心感やら安定感を得ていたのかもしれません。

 女性って、悩みを打ち明けたい。悩みを聞いてもらいたい。と思うことが多いようですね。……あ、いまのわたしも、そうですけど。

 女性で占いがすきな人が多いみたいなのは、じぶんの話を聞いてもらって、こうしたほうがいい、こうするといい、なんてことを、具体的に示してもらえるからかもしれない。なんて思ったりします。

 で、病院ですけれど。あいにくわたしは、健康体そのもので、大きな病気というものをしたことがありませんから、病院に行く、ということもほとんどありません。

 ああ、そうそう、一度、どうしても調子が悪くて、平日休みの折に病院へ行ったことがありますが。

 ちょうどその前日、仕事を終えた後、職場の人たちと飲みに出かけたのですが、そのときに食した、馬刺し、あれが悪かったのかもしれません、お腹をこわしたようでした。下腹部の激痛をこらえて、なんとかひとりで病院に行き、じぶんが診察される番をじっと待っていました。周囲にはご老人しかいませんでした。わたしのすぐ後ろにいたおばあさんたちが、当時の若い女性のファッションのことや、芸能人同士の離婚騒動のことや、ご近所の奥さんの噂話やらをとめどもなく、延々と語りつづけていました。じんじんする下腹部の痛み、そして、人の噂話をするとき特有の、楽しそうな、狡猾そうなおばあさんたちの声音が、がんがん頭に響いて、なぜ、わたしは、せっかくの休日にこんなところにいるのだろう、と、とてもみじめな気持ちになりました。来なければよかった、腹痛が治まるまで、家で大人しく寝ていればよかった、と思ったことをいまだに覚えています。

 それ以来、ますます病院に縁遠くなったわたしにとっては、やはり、平日に病院に行ける、というのは、メリットでもなんでもありませんでした。

 ともかく、社会人になってから、はじめての土日休み。48時間もじぶんの自由に使える時間がある、と考えると、うれしくて、なにをしようか迷ってしまうところですが。

 わたしには、やらなくてはいけないことがありました。

 二日後にやって来る、というインド人エンジニアとの対面に備えて、できるだけパソコンの、プログラミングの、専門用語を英語で覚えること。

 ……いまにして思えば、パソコンの専門用語、プログラミングの専門用語、だなんて、曖昧で広範囲すぎる概念だということは分かることですが、そのときにわたしは、なんでもいい、インド人エンジニアとしっかり会話できるようにならなければいけない、という強迫観念のようなものにとらわれていました。とにかく吸収できるものは片っ端から、と、朝から晩まで図書館にこもる決意をしました。

 はじめての土日休み。それは、専門書の類を読み漁るだけに終始した二日間でした。